なっ、何だったんだ! あのブームは?
あの頃は思わず夢中になってしまいました。
趣味多き管理人があのブームを振り返ります。
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小田急線・南林間駅前に昔から存在する街の自転車屋さん。「サイクルショップ・ナガノ」と言い
ます。息子さんがジャニーズのメンバーと言う噂は聞いていましたが、去年(2021年)11月に解散
し たばかり「V6」の「長野博」さんだったのですね。苗字が一致するのでなるほどです。
さて、オイラが小4の10歳の時。1973年(昭和48年)の事ですが、親に一生懸命すがって自転車
をねだりました。因みに、「長野博」さんは1972年10月9日生まれ。この時0才〜1才でした。話が
逸 れましたが、オイラがねだったのは55,000円もするナショナルの自転車。この「ナガノ」の自転
車 屋さんの店内で、天井から吊るされて展示されていました。ナショナルの自転車? ナショナル
は 家電メーカーです。そう、自転車と言うより電装飾りが当時流行ったんです。当時は前照灯が
ある だけで珍しいのに、フロントにはダブルでヘッドライトとウインカー、そしてテールの派手な電
飾。ウ インカーは曲がる方向に電飾が流れるんです。度重なるバージョン・アップで、徐々に価格
も電飾 も派手に上がって行きました。ウインカー音も派手でしたね。更にスピード・メーターや5段
変速ギ ヤ、そして棒状の携帯空気入れがフレームにセットされて格好良かったんです。
結局、親に買ってもらいましたが、以前のバージョンを買って貰ったクラスメイト達は非常に悔し
がっていました。今考えれば親には悪い事をしました。オイルショック時の55,000円也って、一体
どれ程の価値? 確か建売住宅一軒1,000万円以下でしたよ。
電飾の動力は乾電池です。テールの荷台下部が電池BOXで、単一電池を6個位詰め込んでい
ました。当時はマンガン電池のみで、長持ちする訳もなく、納車から1ヶ月で電飾は使用不能に。
子供心でも、親には悪い事をしたと反省し、この自転車は高校卒業まで乗りこなしました。フレー
ムは一緒ですからね、中学時代はドロップハンドルで、高校時代は超アップ・ハンドル&背もたれ
のアメリカンとして充実したサイクルライフでした。
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